ふるさと土屋

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    地域の紹介

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    土屋地区は、東西約3.6q、南北に約3.2qの方形状の区域で、面積は平塚市の約十分の一。東西に向って標高80〜120mの里山や丘陵に挟まれた谷間が走っており、南側は小高い山々が連なり、春秋の季節は遠藤原から土屋一帯を望む小高い山々の景色は、小波を打っているように見え、また格別な味わいがあります。
     平安時代末期には、土屋三郎宗遠がこの地を治め、治承4年(1180年)には、源頼朝に従い、石橋山の旗挙げに参戦しています。宗遠は源平合戦での活躍から、地頭職に任命され、頼朝・頼家・実朝と源氏三代の将軍に仕えました。
     また、土屋は、鎌倉時代の惣領制のなごりが地区名となっています。土屋を大きく四つに分けて、上惣領(矢沢)、惣領分(琵琶を含む)、大庶子分(庶子分・小熊・遠藤原)、大寺分(寺分・早田・人増)となっています。惣領制の名残といえる地名が、いまも残っているのは全国的にもきわめてめずらしいといわれています。これを「土屋三分」といいます。
     横穴古墳や古寺、古社などが点在する土屋は、律令制の時代から集落として栄えており、古道や坂道の途中には、いにしえを物語る数多くの石仏や道祖神がたたずんでいます。

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    土屋小 6年生修学旅行

    [土屋小学校 ささりんどう]

    2022/12/08 19:48:26
     6年生が修学旅行に行ってきました。朝少し早めに出発して、国会議事堂と上野動物園に行ってきました。最初の国会議事堂は、衆議院の見学でした。午後1時から本会議が予定されており、午前中の見学となりました。本会議場では、午後の会議の準備のため、係の方が書類の配付等始めている様子を見ることができました。また、国会内で会議が行われており、廊下には「お静かに」の看板が置かれていて、緊張しました。
     その後、バスで上野動物園に移動し、お弁当を動物園内でいただきました。園内では、短い時間でしたが、3班に分かれ、行動しました。天候にも恵まれ、動物たちも出てきてもらい、多くを写真に収めることができました。家族へのお土産とお土産話をたくさん持って帰ることができました。
     

    心に響くフルートの音色♪ &#12316;土屋っ子ふれあい鑑賞会2022〜

    [土屋公民館]

    2022/12/07 16:43:06
     令和4年12月3日(土)「土屋っ子を育てる会」主催による『土屋っ子ふれあい鑑賞会』が開催されました。今回は土屋小学校の全校音楽会と合わせての実施です。全校音楽会での子ども達の素晴らしい合唱と合奏のあと、いよいよ土屋っ子ふれあい鑑賞会! 全校音楽会の様子はこちら
     今回は土屋小の卒業生で、「フルートとピアノで奏でる音楽」として活動してる葛西よう子さん(フルート)と喜名玲子さん(ピアノ)をお呼びしました音符メヌエットなどの有名なクラシックや、クリスマスソング、鬼滅の刃やジブリ・ディズニーなどの子どもに人気の曲に加え、最後には土屋小学校校歌も演奏していただけ、子ども達だけでなく保護者の皆様もとても喜んでいました。演奏以外にも、フルートの楽器紹介をしていただいたり、音楽に合わせてみんなで5拍子で手を叩いたりと、盛りだくさんの内容でとても盛り上がりました幸せ
     フルートの生演奏はとてもすばらしく、「生の演奏はこんなにも感動するのかとウルっとした」「心が洗われてとてもよかった」という感動の声がたくさん聞えてきましたピカピカ最後のアンコールでは、今日の演奏の中で一番気にいった曲を演奏してくれることになり、子ども達の強い希望で、天空の城ラピュタより「君をのせて」になりました。世代を超えて人気なんですねワイワイ
     今回は、司会や講師紹介、花束贈呈など、すべての進行を実行委員の子ども達がやってくれ、とても上手で驚かされましたびっくり最後には土屋っ子を育てる会から子ども達へクリスマスらしい「真っ赤なポインセチア」のプレゼントを行いました花とても喜んでくれたようでよかったですピカピカ
     昭和60年から続く「土屋っ子を育てる会」。これからも、家庭・地域・学校・公民館が一体となり、土屋っ子の郷土愛を育みながら、健全な子どもの育成を目指し活動していきます。
    ※今回はコロナ禍ということもあり、児童及び保護者のみでの開催といたしました。

    平塚消防第17分団だより「合同遠距離送水訓練!」

    [平塚消防第17分団]

    2022/12/03 18:26:37
    こんばんは 第17分団です。
    本日は16分団.17分団.18分団の、3つの分団による合同訓練にて、遠距離送水訓練を行いました

    普段の訓練とは違い、山火事など、高低差のある場所での火災を想定した訓練となります!

    まずは17分団ポンプ車で自然水利として今回は座禅川にハシゴに結着した吸管を投入して揚水!
    ホース9本延長し、上に待つ16分団へ、そして16分団の可搬ポンプを仲介しホース9本延長
    さらに上にまつ18分団へ!そこからさらにホース9本延長し、2方向に1本ずつ延長後に水を送水して放水しました
    総延長距離なんと560m!!

    今回は放水位置との距離がかなり有り、無線訓練も兼ねて、すべて無線でのやりとりで行いました。
    そして、様々な圧力を訓練しながら学ぶことが出来ました
    また、普段とは違う道具の使い方をおそわったりと非常に身になる良い訓練でした。
    最後に庁舎にもどり、使った機材の清掃、点検!!
    自然水利のため、ポンプ車のストレーナーや吸管の籠にゴミがいっぱい!!
    このような細かい箇所もしっかり掃除し、備えておきます!

    まだまだ乾燥する季節です。
    乾燥、火の元、コロナにインフルエンザと、気をつけることが多いですが、今年も残すところあと1ヶ月をきりました。
    全員できをつけて、来年を迎えられるようにしましょう

    そして、第17分団では一緒に活動し地域を守る仲間を募集しております!!
    男女問わず募集しておりますので、是非ともよろしくお願いします。

    土屋小 全校音楽会

    [土屋小学校 ささりんどう]

    2022/12/03 17:27:06
     12/3(土)全校音楽会(土曜授業参観)が行われました。
     第1部は低学年(1〜3年)の演奏と合唱でした。物語形式で進みました。1〜3年生の合唱「パフ」の合間に鍵盤ハーモニカ奏2年「カッコウ」1年「カエルの合唱」に続けて、リコーダー奏3年「パフ」の演奏がありました。最後に低学年全員で「さんぽ」の合唱で終わりました。合唱「さんぽ」では、みんなで腕を振りながら、ノリノリでたのしい雰囲気が印象的でした。
     第2部は高学年(4〜6年)の演奏と合唱でした。リコーダー奏4年「エーデルワイス」5年「星笛」6年「カノン」の後、4〜6年合同で合唱「未来への賛歌」、合奏「セプテンバー」を行いました。さすがは上級生、迫力のある合唱と楽しく素敵な合奏となりました。
     

    鎌倉殿と土屋氏P「源実朝と土屋三郎宗遠」

    [土屋の "旬" な話題]

    2022/12/01 14:38:17
     11月27日放送の「鎌倉殿の13人」 第45回「八幡宮の階段」では、源実朝の暗殺が描かれました。この件に土屋氏は関わっておりませんが、今回は源実朝が土屋三郎宗遠のことを詠んだ和歌について紹介いたします。
     大河ドラマの中でも多数登場しましたが、源実朝は歌人としても知られ、小倉百人一首にも鎌倉右大臣として選ばれています。また実朝の歌集として「金槐和歌集」がありますが、その中に土屋三郎について詠まれたものが5首あります。
     1213年5月3日の和田合戦で、土屋義清を亡くした土屋三郎宗遠は、その5年後(実朝暗殺の前年)に、齢九十にして、鎌倉に赴き源実朝に面会しています。このことは和田の乱で、土屋宗遠が処断されることはなかったということを示しています。また、将軍実朝が直々に会うということは、頼朝旗揚げ以来の重鎮として厚く遇していたことを物語っています。当時、宗遠は阿弥陀寺(現芳盛寺)を建て、出家して空阿と号していました。金槐和歌集にはそのときの様子が次のように書かれています。
    「相模の土屋という所に、年九十をこえた老法師が居ります。たまたまやってきましたが、昔話をしたついでに、体の立ったり座ったりすることが自由にならなくなったことを泣く泣く申して退出しました。そのとき老いということを題にして人々に命じて歌を詠ませた折りに詠みました歌」として、続けて実朝は宗遠の立場になって五首の歌を詠んでいます。父頼朝の旗揚げから源氏の三代の将軍に仕えた宗遠に対する実朝の温情があふれる五首です。
    1我いくそ 見し世のことを 思ひいでつ あくるほどなき 夜の寝覚めに
    (私は自分が経験したこの世の出来事を何度も思い出したことか。明けるのも間近い夜の寝覚めに。)
    2思ひ出でて 夜はすがらに ねをぞなく ありし昔の 世々のふるごと
    (ありし日の様々なことが思い出されて夜通し声を上げてなくことである)
    3なかなかに おいはほれても 忘れなで などか昔を いとしのぶらむ
    (老いて呆けてしまっても、かえって昔のことは忘れないで、どうしてこんなに偲ぶのであろうか。)
    4みちとおし 腰は二重に かがまれり つえにすがりてぞ ここまでもくる
    (ここ(鎌倉)までの道は遠かった。腰は二重に曲がってしまった。杖にすがってようやくやってきました。)
    5さりともと 思ふものから 日をへては しだいしだいによわるかなしさ
    (それにしても、自分はまだ元気だと思うものの、月日を経て、しだいによわっていくことの悲しさよ。)
    土屋三郎はその年の1218年8月5日に享年90歳で世を去ったといわれています。(実朝暗殺の約半年前)
    写真@:歌碑(土屋一族の墓の上段)
    写真A:案内板(土屋城址看板横)
    写真B:案内板(七国峠の供養松)
    鎌倉殿と土屋氏O「和田合戦後、土屋氏は・・・」
    鎌倉殿と土屋氏N「和田合戦〜土屋義清の戦い〜」
    鎌倉殿と土屋氏M「和田合戦〜行こか鎌倉戻ろか土屋〜」
    土屋三郎宗遠14 皇太子殿下、土屋一族の墓を来訪

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