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地域の紹介
田村は平塚市の北東部・相模川沿いに位置し、西に富士・箱根・丹沢・大山を望む風光明媚な地域です。又、南北に国道129号が通り、自動車販売店・大型電器店・大規模商業施設等で賑わっています。古くは、田村通り大山道、八王子往還の継立場として繁盛し、更に「田村の渡し場」があり、交通・物流の要所として栄えていました。無形文化財の田村囃子と印場踊りや、鎌倉武将・三浦義村館跡等の旧跡もあります。明治22年に神田村となり、昭和31年に平塚市と合併し自治会活動、福祉活動、その他各種団体の地域活動も盛んです。地区には平塚市の聖苑(火葬場)があり市民生活に役立っています。
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2015/06/03 14:12:06
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田村地区 行事スケジュール
平成27年6月〜11月の田村地区の行事スケジュールをUPしました。 スケジュールは最新のもので確認下さい。 確定になると枠に囲まれます。 ※枠に囲まれていない行事は未定です。 例年の日程を曜日重視で予定としてのせています。 行事修正・確定の場合は、HP顧問の福島昌保090-5343-2853まで連絡下さい。(作成福島/重田) |
[田村の文化と歴史]
2015/05/28 18:09:41
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公民館長の田村の地を訪ねる 46【砂 盛 り】
8月13日から8月16日までのお盆期間中に家の門口に約30センチ四方、約高さ15センチの台形状の土壇(砂盛り)を築く。土壇は田んぼや畑の土をこねて作り、周りにオガラなどで階段をつくり、ナスとキュウリを牛と馬になぞらえて置く。里芋の葉に細かく刻んだナスを供える。土壇(砂盛り)は、オスナモリ・ボンシキ・アリヅカ・スナボッコ・ツジなどと呼んでいる。精霊を13日の朝、墓に迎えに行き、夕方、砂盛りのところで迎え火を焚いて先祖の霊(オボンサン)(オショロサン)を迎え、16日に送り火を焚いて先祖の霊を送りだす。家の中には、精霊棚・盆棚と云う特別の祭壇を設けて精霊を祀る。盆棚は四斗樽の上に戸板使って作り(左上の写真)、四隅には青竹を立て縄を引き渡す。盆棚の上に新しいマコモを敷き、仏壇から位牌を出して並べ、キュウリで作った馬とナスで作った牛を置き、そうめんや農産物を供える。十三仏などの掛軸やホオズキを吊るした。8月15日は、仏さんが市へ買い物に行かれるからおにぎりのお弁当をつくって供えるなどの言い伝えがある。田村地区は、下町で4軒、上町で1軒砂盛りが作られている。大半は、缶や木箱の代用のものが土壇として使われている。 (平 井) |
2015/05/02 7:47:34
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田村地区 行事スケジュール 平成27年5月〜10月の田村地区の行事スケジュールをUPしました。 スケジュールは最新のもので確認下さい。 確定になると枠に囲まれます。 ※枠に囲まれていない行事は未定です。 例年の日程を曜日重視で予定としてのせています。 行事修正・確定の場合は、HP顧問の福島昌保090-5343-2853まで連絡下さい。(作成福島/重田) |
[田村の文化と歴史]
2015/04/29 17:59:18
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公民館長の田村の地を訪ねる 45【田 村 学 校】
明治5年に学制が発布されたことにより、神田地区にも小学校が明治6年6月1日に「田村学校」として創立された。最初は、当時、田村の戸長であった福島治兵衛氏宅(巴屋)に置かれた。(左上の写真)田村・大神の子どもたちの中には、現 大野公民館のところにあったと云われる有章館(後の四之宮学校)に通学していた児童もいたようである。有章館の資料に田村68人、横内13人、大神29人と明治7年12月までの就学者の記載がある。明治14年に妙楽寺の庫裡(くり)に教室が移転した、(中の写真)小学校は下等科4年、上等科4年となっていたが、妙楽寺の小学校は、下等科のみであったため、上等科は、四之宮学校(現 北向き観音堂)に通学したと云われている。『文部省第二年報』によると「田村学校」の就学者は男53、女14とある。学年編成は、1年が二級ずつにわかれていて、1年生が八級と七級、2年生が六級と五級と云うようになっていた。当初の学区は、田村(含む横内)、大神、吉際であったが、明治18年大神・吉際が戸田村に合併すると大神・吉際の子どもたちは酒井学校や相川学校に通学した。当時の学習は、読書、習字、算術、地理、歴史、修身が必修とされていた。なお、この時代は、授業料がかかり、明治の初めは、1ヶ月50銭ほどであった。その為か、不就学児童が有章館の資料に田村・横内・大神・吉際で234人に達していたとある。明治22年市町村制の実施(田村(含む横内)、大神、吉際を以て神田村)により、4月1日「田村学校」は、尋常神田小学校と改称された。明治27年2月16日田村字前田に校舎が新築移転し、妙楽寺教室も廃止された。(右上の写真は明治14年の田村学校の卒業証書 小泉武彦家所蔵) (平 井) |
[田村の文化と歴史]
2015/03/26 16:35:15
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公民館館長の田村の地を訪ねる44【改戸(かいど)のさくら並木】 田村8丁目の字改戸に「改戸のさくら並木」と地元の人々に親しまれ、田村の名所になっているところがある。今年で22回目を迎える「さくら祭り」が地元の有志の面々により盛大にとり行われる。この祭りは、田村の「神友会(しんゆうかい)」が主催、「田村自治連合会」が共催となり、さくらの樹に提灯が飾りつけされ3月28日から4月11日まで開催される。なお、4月5日には、天神森公園で演芸大会が予定されている。ここの「さくら並木」は、月に2回、世代を超えた方々の清掃活動もされ、その活動も回を重ねるごとに参加されるボランティアが増え、「さくら並木」に寄せる関心の高さが伺える。 かつては、改戸の土手はさくらの名所であったと云われているが、戦後、桜は、河原の松林とともに塩をとる燃料として伐採され、土手は、開墾され畑として使われた。昭和24年頃、県の指導で、ソメイヨシノの桜27本が植樹され、その後、24本の桜が植えられ、東側のコミュニティー道路から相模川縁の天神森に至る(市道16号線)までに51本に及ぶ「さくら並木」が素晴らしい景観を醸し出している。昨年、8丁目の自治会長が平塚市の「重要景観樹木」に応募されたが残念ながら指定されなかった。右の写真は、戦前の様子、「神田のあゆみ」より掲載。 (平井) |




