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地域の紹介
田村は平塚市の北東部・相模川沿いに位置し、西に富士・箱根・丹沢・大山を望む風光明媚な地域です。又、南北に国道129号が通り、自動車販売店・大型電器店・大規模商業施設等で賑わっています。古くは、田村通り大山道、八王子往還の継立場として繁盛し、更に「田村の渡し場」があり、交通・物流の要所として栄えていました。無形文化財の田村囃子と印場踊りや、鎌倉武将・三浦義村館跡等の旧跡もあります。明治22年に神田村となり、昭和31年に平塚市と合併し自治会活動、福祉活動、その他各種団体の地域活動も盛んです。地区には平塚市の聖苑(火葬場)があり市民生活に役立っています。
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[神田公民館]
2015/10/28 8:49:01
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田村から大神の史跡を訪ねてA
10月27日秋晴れの一日、25名の皆さんと旧神田村の吉際地区を皮切りに大神地区の史跡散策(通算6回目)をしました。 吉際では、農協の理事の柳下さんに稲荷神社や不動堂のお話を伺いました。大神の隆盛寺では、寺宝の松尾芭蕉の真筆や日蓮宗の高僧元政上人の遺墨を見せていただきました。牛山古墳では、遥か昔に思いを馳せました。真芳寺では、家康をかくまったといわれのある不開門の潜り戸を拝見したり、境内の真芳寺砦(墨染館)の碑や如意輪観音などを見学しました。 (平 井) | ||
田村地区 行事年間スケジュール 平成27年10月〜平成28年3月
2015/10/01 7:00:37
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田村地区 行事スケジュール
平成27年10月〜平成28年3月の田村地区の行事スケジュールをUPしました。 スケジュールは最新のもので確認下さい。 確定になると枠に囲まれます。 ※枠に囲まれていない行事は未定です。 例年の日程を曜日重視で予定としてのせています。 行事修正・確定の場合は、HP顧問の福島昌保090-5343-2853まで連絡下さい。(作成福島/重田) |
[田村の文化と歴史]
2015/09/29 16:19:17
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公民館館長の田村の地を訪ねる 50【田村に残る句碑】
田村地区には、俳句四点が石碑に残されている。八坂神社境内の大山道の道標の裏に素旬の「辻(つじ)駕篭(かご)や蓮の台(うてな)に俄(にわか)雨(あめ) 素旬」とある。素旬は田村の人で鴫(しぎ)立(たつ)庵(あん)派の俳人と云われている。妙楽寺の墓地の、二基の墓碑に、句が記されている。素林の文化11年(1814)7月6日没の墓碑に「身の痩を□くやむ松の下涼」、檜(そう)路(じ)の安政2年12月12日没の墓碑には、「たのもしき月さへ白しかれ尾花」とある。素林と檜路は父子で福島家のご先祖である。貞性寺の墓地には田村の領主の一人細井氏の墓があり、細井宗造の明治31年11月20日没の墓碑に「いざさらむ此世の中ハ夢地(路)かな 晩翠」とある。大磯の鴫立庵の影響を受けて田村では俳諧が富裕層に親しまれたようで、艸乕(そうこく)・青雪・鴫立庵再花・哥(か)桂(けい)・素食・素林・五縄らがいたと市史にある。八坂神社と妙楽寺の句碑は風化が進み、以前読み取れた文字がわからなくなっている。(平 井) |
2015/08/30 13:34:22
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田村地区 行事スケジュール
平成27年9月〜平成28年2月の田村地区の行事スケジュールをUPしました。 スケジュールは最新のもので確認下さい。 確定になると枠に囲まれます。 ※枠に囲まれていない行事は未定です。 例年の日程を曜日重視で予定としてのせています。 行事修正・確定の場合は、HP顧問の福島昌保090-5343-2853まで連絡下さい。(作成福島/重田) |
[田村の文化と歴史]
2015/08/29 10:45:50
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公民館館長の田村の地を訪ねる 49 【五十六川(いそろくがわ)地蔵尊】 田村の天神森(天満宮の境内)に『五十六川地蔵尊』が祀られている。この地蔵は、昭和53年に八田知治氏(17代神田村村長)を始め、落合治助氏、岸田繁男、阿藤満氏が発起人となって再建された。この地蔵尊は、相模川の洪水で亡くなった方や川で溺死した人々を供養するため、また地域の繁栄と住民の幸福を願って作られたと伝えられている。 かつては、神川橋の下にあり、可愛らしい石仏であった。中央の写真は昭和40年頃の地蔵尊。平成11年まで春と秋の彼岸に横宿19軒のご婦人方により念仏があげられていた(平成11年4月撮影、市博物館蔵)。横宿の念仏の資料(掛軸、数珠、鉦等)は、市博物館に寄贈されている。五十六川と呼ばれるのは、相模川水系の支流の数から名づけられたと考えられている。 (平 井) |




