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地域の紹介
田村は平塚市の北東部・相模川沿いに位置し、西に富士・箱根・丹沢・大山を望む風光明媚な地域です。又、南北に国道129号が通り、自動車販売店・大型電器店・大規模商業施設等で賑わっています。古くは、田村通り大山道、八王子往還の継立場として繁盛し、更に「田村の渡し場」があり、交通・物流の要所として栄えていました。無形文化財の田村囃子と印場踊りや、鎌倉武将・三浦義村館跡等の旧跡もあります。明治22年に神田村となり、昭和31年に平塚市と合併し自治会活動、福祉活動、その他各種団体の地域活動も盛んです。地区には平塚市の聖苑(火葬場)があり市民生活に役立っています。
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2016/06/01 22:00:51
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田村地区 行事スケジュール
平成28年6月〜11月の田村地区の行事スケジュールをUPしました。 スケジュールは最新のもので確認下さい。 確定になると枠に囲まれます。 ※枠に囲まれていない行事は未定です。 例年の日程を曜日重視で予定としてのせています。 行事修正・確定の場合は、HP顧問の福島昌保090-5343-2853まで連絡下さい。 ※3ヶ月間更新なく失礼しました。今後ともご愛顧くださいますようお願いします。(作成福島/重田) |
2016/05/03 6:30:09
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田村地区 行事スケジュール
平成28年5月〜10月の田村地区の行事スケジュールをUPしました。 スケジュールは最新のもので確認下さい。 確定になると枠に囲まれます。 ※枠に囲まれていない行事は未定です。 例年の日程を曜日重視で予定としてのせています。 行事修正・確定の場合は、HP顧問の福島昌保090-5343-2853まで連絡下さい。 ※3ヶ月間更新なく失礼しました。今後ともご愛顧くださいますようお願いします。(作成福島/重田) |
田村地区 行事年間スケジュール 平成28年4月〜9月 再訂正
2016/04/01 13:27:10
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田村地区 行事スケジュール
平成28年4月〜9月の田村地区の行事スケジュールを再度訂正(28-4ver.1)しUPしました。 ※多くの行事を決定にしました。 スケジュールは最新のもので確認下さい。 確定になると枠に囲まれます。 ※枠に囲まれていない行事は未定です。 例年の日程を曜日重視で予定としてのせています。 行事修正・確定の場合は、HP顧問の福島昌保090-5343-2853まで連絡下さい。 (作成福島/重田) |
[田村の文化と歴史]
2016/02/27 9:16:09
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公民館館長の田村の地を訪ねる55地押丈量地引絵図に見る「田村の小字(こあざ)」
田村には、植竹、社宮神、田中屋敷、溝向、堰場、前田、若宮、五反地、仲ノ町、長者窪、原沢、太郎丸、道面、七反面、小松原、一町畑、道半地、塚越、駒返、馬場、下川原、宮ノ前、天神前、改戸、尾崎、上川原、下田、天神下、外川原、天神裏、巽川原などの字名がある。(神田・城島地区土地宝典―昭和35年)小字とは、町村内の区画の名で、字名は、住民の生活の内から誕生した貴重なものであり、明治6年に作成された田村の「地押(じおし)丈量(じょうりょう)地引(じびき)絵図(えず)」や「田畑反別取調帳」には「町田」という小字が見える。また、八坂神社の社史にも前田・町田の米を神米としていた記述がある。しかし、学校等にある「田村旧町名保存図」には、「町田」と云う小字名の記載がなかったのでいろいろ当たって見ると。町田という字は、田村自治会館のところからヤマダ電機の5丁目あたりであることが判明した。字名も時代とともに変遷しているようである。田村の小字の地名由来は、社寺に関連した字名、「社宮神、若宮、宮ノ前、天神前、天神下、天神裏」、歴史に由来した字名、「駒返、馬場、塚越、改戸」、農業の中心である田に関連した字名、「前田、町田、五反地、一町畑、下田」、年貢の免除地に関連した字名、「道面、七反面、道半地」、開墾に関連した字名、「太郎丸、長者窪、田中屋敷、溝向、堰場、上川原、下川原、外川原、巽川原」、地形に関連した字名、「小松原、尾崎、植竹」から由来したと推測される。「地押丈量地引絵図」(右上の写真)とは、明治9年地租改正に伴い地券発行のため、地番、区画、地目などを明確にした地引絵図が作成された。現在は、平塚市立博物館に保管されている。55回の掲載をもって終わらせていただきます。ご愛読ありがとうございました。 (平井 晃) | |
[田村の文化と歴史]
2016/02/04 10:19:59
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公民館長の田村の地を訪ねる 54【田村地域の橋】 田村の江戸時代の村高は1898石で平塚市域では一番の村高であり、最大の米作地域であった。灌漑用水を得るため、江戸時代の前から「田村用水」(田村堀)が厚木の小鮎川から引かれ、水路が張り巡らされていた。ところが、田村は交通の要所で八王子往還(厚木道)、中原道、大山道が村内の中央を通っていた。そのため数多くの橋が架けられていた。徳川家康ゆかりの駒返橋や鷹落橋が八王子往還に架けられていた。「田村地誌」によると、大山道には、天神橋、堂前橋、改戸橋、若宮橋、八反橋、仲之町橋、塚田橋、獺地橋の8つの橋が架けられていたとある。そのうち獺地橋は、なんと読むのか不明である。橋の構造は石製で大半の橋の長さは1〜1.5mほどで堀割や溝、田水交通に架けられていた。昭和13年に相模川に木橋が架けられ、昭和28年にコンクリート製の神川橋が架けられた。左の写真は昭和13年の神川橋、中央の写真は38年頃の鷹落橋、右の写真は40年頃の駒返橋 (平 井) |

