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地域の紹介

大神・吉際地区と富士山
大神・吉際地区は、平塚市の北東部に位置し、人口約5,165人(令和2年2月現在)の町です。大神の歴史は、古代よりその名が知られ、中世には大神郷といわれ、西暦1594年太閤検地では、大神之郷としてその名がみうけられます。その後、神田村となり明治4年7月廃藩置県の際は、足柄県大住郡神田村となり、明治9年神奈川県に編入されました。
 その後明治29年には中郡神田村大神となり、昭和31年9月30日平塚市と合併し現在に至っています。
 大神は、東に相模川が流れ西には丹沢の山々その奥には富士山が見える田園地帯の町です。町の東側には「大神工業団地」などがあり、住宅地と工業地帯と共存している地域です。
 また、平成27年度からは「ツインシティ大神地区土地区画整理事業」が始まり、新たな産業や都市機能の集積した環境共生都市を目指して、事業が進められています。

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大神歴史散歩 第21回

[福祉村 よりきの郷]

2023/07/24 18:23:09
『大神歴史散歩 史跡・文化財50選』の冊子から
本日は25番目の『般若院』と26番目の『地蔵菩薩像』の
紹介です。
般若院は1639年創建で、かつては広い寺域だったが、
いまは縮小し、檀家も少ない。しかし名主等村の要職に
つく家柄の檀家が多いとの事。 8月第一日曜日の
施餓鬼会に作られる盆飾りは色鮮やか。
般若院の本尊は『不動明王像』で左右に『こんがら童子』
『せいたか童子』。ほかにも像を所蔵しているが中でも
『地蔵菩薩像』は大神最古の室町時代の作と伝えられる
との事です。
 

大神歴史散歩第 20回

[福祉村 よりきの郷]

2023/07/21 22:15:37
『大神歴史散歩 史跡・文化財50選』の冊子から
24番目の『沼田頼輔と大神の遺跡』の紹介です。

沼田頼輔は著名な歴史学者で学士院から恩賜賞を授与。
愛甲郡 宮ケ瀬村の生まれだが、大神の沼田家の養子となって、
現在の大神集会所の場所に家があった。
大神で親交のあった旧家に直筆の書状が残っているとのこと。

大神歴史散歩 第19回

[福祉村 よりきの郷]

2023/07/20 21:11:27
『大神歴史散歩 史跡・文化財50選』の冊子から
23番目の『請場(しんば)』の紹介です。

大神は小田原と北関東を結ぶ幹線道路である八王子道
の宿場としての機能を有し、その中心部に請場があった。
幕府の受信役所が在り、それを大住郡の村々に伝達したり
人馬の輸送事務を行っていたとのこと。

大神歴史散歩 第18回

[福祉村 よりきの郷]

2023/07/19 21:36:23
『大神歴史散歩 史跡・文化財50選』の冊子
から22番目『大神バス停の変遷』の紹介です。

神奈川県内で最初の乗り合いバスは平塚〜厚木
間を走った幌型自動車とのこと。ビックリです。

大神歴史散歩 第17回

[福祉村 よりきの郷]

2023/07/18 20:59:16
『大神歴史散歩 史跡・文化財50選』の冊子から
21番目の『寄木神社の銅鐘』です。

1638年の江戸初期にはこの鐘はあったが、昭和16年
第2次世界大戦中に兵器製造のために国に供出され、
現在の鐘は昭和53年に氏子によって奉納されたもの。
鐘はお寺ですが、江戸時代に隣の観音寺と一体管理運営
されたなごりとの事です。

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